カテゴリー「歴史」の記事

2016年1月 6日 (水)

歴史戦隊出動! 1月4日

4時出発で、愛媛県八幡浜方面へ向かう。

目的地は、飯之山城。標高321メートルの飯之山山頂。

奥の山です。

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8時過ぎに攻略開始。探したけど・・・登山道は見つからず。(T_T)

仕方ないというか、想定内だったので、最短ルートを直登だ!(-_-)/

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1時間あまりで尾根に出て、山頂を目指す。けっこう疲れたが、

ありました!堀切発見!廃神社発見!\(^O^)/

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さらに探索を続けると、大穴発見!これは、落ちたらやばいです。

30メートル以上の、マンガン採掘坑道跡らしいです。 (^_^;)

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急坂にびびりながら、なんとか迷わず無事に下山しまして、

次の城に向かいます。

高知の秘境、明神山山頂付近にある、名野川城です。

天気に恵まれてるので、大チャンス、一気にいきます!

・・・4時間ぐらい?で着いたけど、これはだめだ、強風と氷点下っぽい気温。

写真撮るだけで精一杯。 (>_<)

標高1541メートル、この城跡は、高すぎる!

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雄大な景色には、感動しました!来たかいがありました。

かなり天候がラッキーでしたね。 \(^o^)/

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それぞれが大物だったので、今回は2城だけです。

筋肉痛になりそうな予感・・・。

2015年8月13日 (木)

歴史戦隊出動! 8月13日

今回の出動は…まず、軽く神山へ。悲願寺からの帰り、下分ルートが、けっこう手強い。 1439444423089.jpg 木沢のレッドデータリスト狸の燭台は、発見できず(T_T) 木頭村から、物部村、塩の道経由で安芸市へ。 1439444425134.jpg 1439444428226.jpg 1439444430204.jpg 1439444432670.jpg

2015年5月 4日 (月)

歴史戦隊出動! 5月4日

山中鹿之助銅像前。我に七難八苦を与えたまえと、月に祈った人です。でかいです! 1430699151016.jpg

2012年8月15日 (水)

今年のお盆 後編 歴史戦隊出動! 8月14日

今年のお盆も、打ち上げ後寝る間なく出動でしたね。

さて、車中どこに行こうかとなりまして、

今回はメンバーの宮○氏を、

途中で東京方面へ放流しなくてもいいという事(一度徳島へ帰る)なので、

まぁ西だろう・・・、と。

瀬戸大橋渡って、西へ西へ。

与島サービスで、カメさんの弁当をいただきつつ雑談中、

そういえば拙者、屋代島(周防大島)へは行ったことが無いとアピール。

みんな行ったことが無いので、即決定!

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屋代島は、瀬戸内では淡路島、小豆島に次ぐ大きさの島で、

何があるって、陸奥記念館ぐらいしか知りませんが、

釣りの世界では有名らしい。

山口県側から橋を渡って突入すると、なぜか島内はハワイ色。

道の駅では、アロハを売ってました。

なんでも、多くのハワイ移民を輩出して、姉妹縁組もしてるみたい。

海岸線を走っていると、進むにつれて廃屋が目についてきます。

日本一の高齢化地域らしく、新築は建ってない感じ。

島の東端に到着すると、陸奥記念館・水族館・オートキャンプ場等で

かなりの賑わい。テントで寝るのは好きですが、

夏のキャンプはエアコン付きのテントじゃないと嫌。

さて、本命の陸奥記念館は、こんな感じ。

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当時世界のビッグセブンと呼ばれた、長門・陸奥。

ちなみに、あと3隻はアメリカ・コロラド級、2隻はイギリス・ネルソン級。

巨大戦艦って、どんだけ建造費かかったんでしょうねぇ。

そして、1121名と共に沈む・・・。

しかも、原因不明。 (u_u。)

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水深40mぐらいなので、ダイバーにより調査・引き上げが可能でした。

船尾での爆発だったようです。

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引き揚げられた遺品がたくさん展示されてました。

船体の一部も、引き揚げられてます。

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帰り道に見つけた、村上武吉のお墓。

戦国期、日本一有名な海賊・・・九鬼嘉隆といい勝負?

毛利側の負け組なので、最後はひっそりと眠ってます。

九鬼氏は、大名として綾部・三田で幕末まで存続。

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海賊としては、武吉のほうが好きですね。

海賊稼業も、環境に左右されます。

日本が統一されてしまえば、海賊は生きていけません。

戦国時代、瀬戸内で一番自由に海を楽しんでた海賊王なのかもしれません。

そしてその水軍戦法は、秋山真之が日本海海戦で参考にしたとも言われてます。

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帰りに寄った、桜尾城。

厳島合戦のおり、毛利元就の謀略の舞台となりました。

城主・桂元澄の子孫、総理大臣・桂太郎により買い上げられ、

公園として整備されてます。城跡なのに、公園化しすぎの感あり。

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最後は、今治城。5、6回以上?も来てるのに、昼間に来たことが無い・・・。

いつも、本丸は閉まっております。

ま、夜には夜の趣があります。ライトアップされてますしね。

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築城した藤堂高虎の像。馬が嫌がっているように見えるのは、拙者だけ?

世渡り上手のイメージがありますが、主君に恵まれなかったのも確か。

主家が滅亡したり、主君が病死したり早世したりで浪人することが多い。

忠誠心もあって実力は抜群。築城の名手ですごい武将です。

しかし、あまりにも徳川家への忠誠アピールの逸話が多く、

家康の臨終間際に同じ宗派に改宗したりして「べったり」なのが、

イメージの悪い理由か・・・。

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ちょっと不気味っぽい写真を撮って、今回の遠征は終了。

お疲れ様でした。

めちゃ眠い・・・。 (-.-)zZ

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2012年5月 5日 (土)

歴史戦隊出動! 5月4日

恒例の歴史戦隊、いつもの5名で出動です!

車はちょっと狭いが、遠征は楽しい。

さて、東京在住のみや○と氏を途中で放流?するため、

東がいいじゃろう、ということで今回も東海道へ。大人な選択。

正月は岡崎周辺でしたので、今回は奥三河へ。

徳川氏の研究が進みます。

4時出発のため、GWにもかかわらずあまり渋滞してませんでしたが、

第2名神の入り口で捕まりました。

しゃ~ないなあ・・・。カメさんが持たせてくれたおにぎりと、煮玉子でちょっと休憩。

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予定より遅れて、昼頃に設楽原歴史資料館へ到着。

すごい数の、火縄銃が展示されてます。

戦国の頃の火縄銃から、明治の村田銃まで、銃の進化の歴史。

たくさんの展示で、長篠城の籠城戦と、設楽原での決戦の全体像もわかります。

小学生のころから、織田と武田なら武田贔屓なので、

いまだに勝頼の突撃敢行の意図を考えてます。

無理をせざるをえない理由・・・。なぜなんでしょうねぇ。

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ちょっと意外だったのは、花火発祥の地が三河だったこと。

両国花火の「玉屋」「鍵屋」も三河出身。

現在でも、手筒花火で伝統を受け継ぎます。

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設楽原近辺には、武田の著名な名将のお墓がいっぱい。

・・・武田軍は、やはりかなりの大敗ですな。

武田四天王の1人、山形昌景のお墓を発見。

山形隊は、兄から継いだ戦国元祖赤備え。異様に強い、真っ赤な軍団です。

真田信繁(幸村)、井伊直正の赤備えは、彼の死後その強さにあやかってのものです。

三方ヶ原の戦いで家康の本陣に突撃し、脱糞するまで追いまわしたのは有名。

織田・徳川軍の、要注意人物手配書筆頭。

これだけ強くても、身長は130cmから140cmの小柄で、体重も軽く、

不器量だったと言われてます。

校合雑記によれば・・・。

「袴腰と頭との間、僅か四、五寸ならでは無き程の小男にて、

不器量なれども渠を備え、立てば耳の際に雷が落ちたる如くなり。

信玄家臣の中でも股肱の大将かな。

戦にては信玄の小男出たりと恐怖しける程の侍大将に有りける也」

だそうです。戦には、身長も顔も関係ないんですね。

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次は、武田四天王の1人、内藤昌豊のお墓。

他の3人に比べると、ちょっとマイナーな内藤さん。

しかし、箕輪城城代やってる事からも、すごい名将です。

武田の対北条氏外交では、全権委任武田代表。

戦場でめちゃ活躍しても、

「内藤さんだから、そのくらいの活躍当然ですよね~。」

って言われて、生涯1枚も感状をもらえなかったらしい。

信玄にめちゃ信頼されてるということで、かえって凄い!?

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さらに四天王の1人、馬場信春のお墓を発見。

この人も、尋常ではありません。

武田氏3代に仕えた40数年の間、70回を越える戦闘に参加して、

戦死する設楽原の戦いまで、かすり傷一つ負わなかったらしい。

強すぎて、不死身の鬼美濃と評されてます。

このお墓が戦場から離れているのは、

大敗を喫した勝頼が退却するのを見届けてから、

殿軍の彼が反転、追撃する織田軍と戦って戦死したからです。

信長公記に「馬場美濃守手前の働き、比類なし」とされる最期でした。享年61歳。

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他にも、甘利信康、原昌胤、土屋昌次等々、たくさんのお墓がありました。

お墓探索中、自然と長篠城に到着。久しぶりに来ましたが、

ますます整備されてます。歴史上めちゃ有名な城ですが、

実際は500人が籠っていっぱいの、小さな城です。

地理的に要衝の地。そして、天然の要害。

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ほんとに小さい城なので、ぐるっとまわって史跡保存館を見て終了。

残念ながら、イベントは明日。本丸で準備が進んでました。

火縄銃隊の演武を観たかったなぁ。

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たまたま見つけた、中央構造線の露頭。

徳島にもありましたね。

徳島では、吉野川北岸を走ってます。

普段は意識してませんが、断層の上に住んでるんですよね~。

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色の違う岩が、はっきりとわかります。

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気候もよいので、山城を1つ攻略。

奥三河山家三方衆、田峯菅沼氏の田峯城。

山城ですが、車で登れてめちゃ楽。ちょっと散歩程度で見学できます。

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本丸の建物は平成6年に建てられたもので、

戦国時代に建てられた城をそのまま復元したものではなく、

当時の武家屋敷をしのばせる書院造りの様式で復元されてます。

屋根の事しかわかりませんが、予算かかってますねぇ。

銅板葺きです。凝った棟といい、本式ですごすぎる。

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物見台も復元されてました。

この他大手門搦手門等、がんばって整備されてます。

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新緑の中、散歩がてらの城攻めはいいですね。

誰もいないのが、またいい。

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曲輪が、立派な茶畑になってます。

茶畑は、違和感が少ない。ま、いいんじゃないですか。

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今回の遠征、ラストは吉田城。

吉田城は池田輝政が、姫路城へ移る前に整備した城。

大規模な城を未完成のまま残して輝政が行ってしまったのですが、

その後入った大名の石高が小さすぎて、持て余し気味。

櫓は9基もありますが、天守は無し。

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本丸の北西隅の復興鉄櫓。小さい城だと、天守になれそう。

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城の北側、長篠城から下る豊川。

長篠城は南と西、吉田城は北を豊川に守られてます。

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日暮れまで、城跡からの景色を堪能。

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この後、味噌カツ系のご飯を食べて、みや○と氏を豊橋の駅で放流。

これで楽しい遠征は終了。帰徳は、1時頃でした。

みなさま、お疲れ様でした。

2012年1月 3日 (火)

歴史戦隊出動! 1月2日

今年も、なんとか出動できました。

楽しい歴史探索の旅。

特に目的地は決めてませんが、一路東へ・・・。

滋賀県で雨に降られたので、雨の降ってない所までということで、

三河岡崎まで進出。

岡崎は、かなり久しぶりです。憶えてないぐらい。 ^^;

堀と石垣は、綺麗に整備されてます。さすが家康の生地。

岡崎城(龍燈山城)は、もとは西郷氏の城だったのですが、

家康のじっちゃんがえらく強い人で、ちゃっと奪い取ったらしい。

その後、家康のとうちゃんが本拠地にしたのですが、

菅生川と矢作川の合流地点の丘陵上にあるという防御的な面と、

水運の要所でこの地域の経済の中心ということが、本拠とした理由とのこと。

城内の家康館(資料館)で、みっちり勉強しました。 (`・∞・´)

味わい深い、堀と石垣・・・いい。 (・∀・)

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苔むした石垣・・・いい。 (´~`)

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落ち葉の積もる空掘りも・・・いい。 ( ̄ー ̄)

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家康が祭神の龍城神社と、復興天守(1959年)。

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有名な家康像。鷹狩り中の像でしたっけ?

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遺訓

人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし、急ぐべからず、

不自由を常とおもえば不足なし、心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。

堪忍は無事長久の基。怒りは敵と思え。

勝つ事ばかり知りて負くる事を知らざれば、害その身にいたる。

おのれを責めて、人を責めるな。

及ばざるは、過ぎたるより勝れり。

・・・う~ん、すごいです、さすが天下人。人間できております。

拙者も、もっと修行を積まねば。

次は三河最大規模の山城、山中城。

家康のじっちゃんが、奇襲によって一夜で落とした城です。

けっこうでかい城だと思うんですが、じっちゃんやりますな。

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遠景ですが、半分ぐらいしか写ってません。

城の規模が大きくても、守る兵の数がいないとだめってことですね。

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次は、安祥城。徳川本家の本拠地。じっちゃんの城です。

最古参の譜代発祥の地でもあって、

酒井、大久保、本多、石川等、聞いたことのある有名所が、名を連ねます。

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現在は、遺構はほとんど残っていません。

本丸跡には、大乗寺が建ってます。

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次々行きます、桜井城。

豪族小浦氏の城でしたが、1470年頃には松平氏の支配下に入ってます。

安祥城から、めちゃ近いですもんね。

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冠木門が復元されてました。

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城じゃないけど、立ち寄ってみました。

本證寺は、三河一向一揆の拠点だったお寺です。

土塁、水濠に囲まれた城郭寺院だったと思われます。

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城郭っぽい感じで保存状態がよく、なかなかよいお寺です。

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飾り気がなく、シンプル。こういうお寺、好きですね。

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日も暮れてきて、最後の城攻め。

軽く考えてましたが、けっこう大物だった西尾城。

復元ポイントも多く、資料館も閉まってるので、こりゃ無理です。

細部の城攻めは、また次回ということで。

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丑寅櫓、登れるのかな?

再建ですが、趣がありますねぇ。

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三河遠征、収穫あり。

小さな城でも、整備して保存されてるのがすごい。

余裕の経済力、愛知県。さすがです。

徳島はだめやねぇ。 (u_u。)

○亜の裏山の西方城は、整備されていますが。 ^^;

勝瑞城に期待。

2011年8月15日 (月)

歴史戦隊出動! 8月14日

打ち上げ宴会の後、寝る間もなく出動!

今回み○もと氏は参加できず、4人です。

とりあえず、西へ西へ・・・。

カメさんの持たせてくれた補給物資を頂きつつ、山陽道を西へ。

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ちょうどいい時間帯になったので、高速を下りて防府市の「毛利博物館」へ。

25000坪の庭園に、1200坪の豪邸。さすがは維新の主役、公爵毛利家です。

ここまで豪邸だと、エアコン無しでも涼しい。

そして庭がすごい!めちゃ趣があります。和風の極み。

こんな家に住みたいですねぇ。掃除のお手伝いさん付きで。 (^-^;

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博物館ではたまたま時間が良かったのか、学芸員さんの説明つきでした。

小一時間、「殿さまのくらし」講座。

殿さまって、案外毎日大変ってことらしいです。 

さらに、毛利家について勉強勉強。 ( ..)φ

昼近くまでがんばった後、次は天然の涼を求めて秋吉台へ。

想像はしてましたが、すごい人出。 (@Д@;

しかし、なぜか博物館はすいてました。

入館すると、おっきな標本がいきなりお出迎え。 !!(゚ロ゚屮)屮

おお!あの映画「も○○け姫」のヤックルか!?

すごいですねぇ。大きいですねぇ。手前の標本は、現在の鹿です。

こんなに大きい鹿なら、確かに乗れそう。 ( ̄▽ ̄)

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秋芳洞は入口が3か所ありましたが、

車を止めれた場所から一番近いエレベーターにて突入!

なんじゃこの大量の人は!? (lll゚Д゚)

正確にはわかりませんが、約1キロメートルの洞内には2000人ぐらいは入ってそう。

2時間で見終わって出てくるとして、今がピークとして・・・

のべ15000人ぐらい?1200円の入場料なんで、ああ、子供もいるか。

う~ん、1日1500万円の売り上げ?鍾乳洞ってすごい! (゚▽゚*)

とか考えつつ、17度の洞内をしわしわと行進。

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さすが日本一です。広いですねぇ。一番きれいと思ったのは、「百枚皿」。

何万年という時間に思いをはせると、

毎日時間に追われてる自分がちっちゃくて嫌になります。

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今日は、ゆっくりと時間をかけてポイントを回ったので、萩でラストです。

萩資料館で、長州藩のお勉強。

萩博物館で、長州の偉人のお勉強。・・・すごい人材の数々。 (゚0゚)

この人数はすごい!維新の主役ってことは、日本の近代化の主役ってことやね。

う~ん、教育の違いなのか、阿波藩なんてダメですねぇ。人数が違います。

当時人口は大差ないのに。

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日暮れ前に、萩城攻略。まず、遠景から。海に突き出た半島を城にしてます。

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珍しい、内側が階段状(雁木)の石垣。きれいに残ってます。

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暑いですが、詰めの城を登ります。標高約150メートル。

20分ぐらいですが、勾配がきつい。 ι(´Д`υ)

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山の上にも、石垣をたくさん積んでました。さすが毛利家です。

小さくても、丁寧なつくりの印象。輝元の性格?

詰めの城まで、きっちり仕事してます。

加工途中の石(切り割石・残念石)がたくさんありました。

こんなにあるのは、珍しいかも。

いつの時代に改築しようとしてたのかは、わかりません。

手つかずの原生林なので、見晴らしは×。手は加えない方針だそうです。

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萩城は、思ってたより重要ポイントが多いです。

時間がなくて、まわりきれなかった。無念・・・。

特に、二の丸を見逃したのは痛い。 (ノ_-。)

これでは萩城を攻略したとは言えないので、

近いうちの再攻が必要ということで。 (=^・^=)

帰徳は2時くらい、22時間の行軍でした。

運転手さん、お疲れ様でした。 m(_ _)m

2011年5月 5日 (木)

歴史戦隊出動! 5月4日

いつものように、早朝4時30分に出発。一路東へ。

今年は、高速の混み方が激しいような気が・・・。

10時頃にようやく米原ジャンクション付近に到達。

季節のいい今しか豪雪地帯の山城攻めは出来ないので、

山城優先ということで今回の作戦範囲を北近江に設定。

まず手始めに、姉川付近から攻略開始。 (^.^)/

姉川の古戦場跡は、きっちり整備が進んでますなぁ。 (=゜ω゜)ホホゥ

前に来た時には、見つけるのに苦労したのに・・・。

しかし、石碑と真柄十郎左衛門の列伝看板があったはずなのに、見つからず。

前の時とは、違う場所なのかな?

浅井氏の地元なので、朝倉関係はあまり重要視されてないのかもね。

ちなみに真柄十郎左衛門とは、朝倉氏の家臣で、武生市の豪族。

北陸無双の豪傑で、姉川の合戦のこの時およそ60歳。

約1.6メートル(一説には2.4メートル)の太郎太刀を水車のように振り回して

徳川勢をなぎ倒したそうな。 !!(゚ロ゚屮)屮コワッ

この太郎太刀は、あまりに幅が広いために前が見えないので、

窓をあけてあったという。・・・これは伝説ですけどね。

息子の十郎直基も次郎太刀で奮戦しましたが、

負けて退却する朝倉勢の殿(しんがり)となって2人とも討ち死にしたそうな。

姉川古戦場跡↓

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近くを索敵していると、遠藤直経のお墓を発見!

浅井氏の重臣で、けっこう有名な人です。

敗色濃厚になると、味方武将の首を持って信長の陣中へ潜入。

首実検の場で信長暗殺を企てましたが、残念ながら失敗。

たいしたツワモノです。↓

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小谷城方面へ向かっていると、「片桐且元生誕地」の案内看板を発見!

つい寄り道してしまいました。こんな小谷城のすぐ近くの出身だったのですね。↓

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さらに、五先賢の館なる資料館を発見!おもしろそうなので、入ってみました。

小堀遠州もここ出身でした。すごいですねぇ。

狩野派の画家に茶人庭師の巨匠、比叡山の最難荒行の創始者に漢詩の大家。

すごい人たちです。 (゜o゜)↓

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次は、国友鉄砲の里資料館。

大筒、中筒、いろんな火縄銃が展示してありました。

阿波で製造された大筒も発見!

阿波にも、国友から鍛冶師がきてたらしいです。

国友の最盛期には、70軒の鍛冶屋と500人の職人が鉄砲を製造していたらしく、

近所には鍛冶師の屋敷があちこち残ってます。↓

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近くには、石田三成の生誕地もありました。

無料の資料館を見学。

石田三成は敗軍の将ですが、

地元の方々は生誕地ということに誇りを持って、

「石田三成の里」を大切にしているようです。

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今回は、ちょっと変わった場所にも立ち寄りました。

海洋堂の博物館です。

海洋堂は、プラモデル・食玩・ガレージキット等の原型師の集団です。

動物からテレビのヒーロー、あらゆるものをフィギュアにしてます。

ここには、いろいろなフィギュアが所狭しと展示してありました。

ジュラシックパークの撮影に使われた恐竜は、めちゃでかくてリアル! (*_*;

人形劇三国志のフィギュアもありましたが、諸葛亮孔明は人気なのか売り切れ。

西涼好きなので、馬超孟起があれば買ったかも・・・。あぶないあぶない。 ι(´Д`υ)

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さて、ここからが本番。小谷城は、あまりに人が多いのでパスして、

小谷城の付け城の横山城の攻略に向かいました。

姉川合戦のあと、秀吉が城主になってた有名な山城です。

横山城は、標高312メートルのY字状の山につくられてて、

徳島なら眉山ぐらいやね。

神社からの登山口から一町ごとに標識がありましたが、

頂上の主郭まで十町(約1.1キロメートル)でした。

尾根沿いに登るので、一本道で迷うことなし。切り通し、竪て掘り、虎口、

土塁等の遺構の写真を撮ったりしながら、約30分ぐらいで本丸へ。

きれいに整備されてて、見晴らしがいい!

伊吹山、小谷城の山も見えます。弁当持って、ピクニックの人たちもいました。

登るのには手頃、登山道もしっかりしてるので、難易度は初級。

なおかつ遺構はきれいに残っているので、おすすめ山城ですね。 (*^ー゚)b

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次は、ちょっとマニアック。鎌刃城です。

湖北地方では、小谷城クラスの巨大な山城で、標高384メートル。

尾根上に17か所もの曲輪があります。

縄張りの看板見ても、すごさが伝わってきます。 (゚0゚)ヒョー

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鎌刃城の名は、尾根が急峻で鎌の刃状にそそり立っていることから、ついたらしい。

たしかに、登っていると転げ落ちそうでちょっと危険を感じます。

尾根の曲輪上を行けば、問題ないですけどね。

遺構は、かなりきれいです。数も多い。

この時期の山城としては、他に例をみない石積があるのが見どころ。

何か所かあります。

特異な積み方らしいですが、時間がなくてチェックできず。

かなり見残した部分があるので、また次回ですね。

難易度は中級、遺構はすばらしい。 ヽ(´▽`)/

山城好きな人には、おすすめ。隠れた名所です。

カップルで来るのは・・・適度にスリルがあって、男として頼りになるところをアピール?

おすすめは・・・できないか。 (;´▽`A``

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日も暮れて、今回の遠征は終了。東京へ帰る宮○氏を米原駅で放流して、帰徳。

活動時間22時間。お疲れ様でした。

2011年1月 3日 (月)

歴史戦隊出動! 1月2日

今年はゆっくりめ、朝6時に出動。

美○氏は自城の引っ越しで忙しく、熊○氏は仕事。

3名での遠征となりました。

当初は安芸宮島の予定だったのだが、拙者の調子がよかったので、

一気に九州上陸。2度の事故渋滞に巻き込まれながら、

予定より1時間遅れの14時過ぎに、佐賀県名護屋城へ到着。

名護屋城は、秀吉の朝鮮出兵の本拠地となった城で、

1592年、15万8000人の遠征軍と、待機軍14万人が集結してたらしい。

7年間の在留軍10万人、10万人規模の城下町、

城域17万㎡、かなりの規模を誇ります。

佐賀県も、力を入れて整備してます。↓

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景色もいいです。眼下には、参軍大名の陣所跡が無数にあります。

見てまわる時間は無し・・・。↓

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廃城の時に、石垣まで崩されてます。

もったいないねぇ。↓

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完全無料の資料館。すごいです。徳島では、ありえません。

年始も開いているので、じっくり堪能いたしました。↓

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天守跡。五重の白漆喰の塗籠、九州最大だったといわれてます。

姫路城のさきがけみたいですね。

さすがに天守台は広いです。↓

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帰りに、桃兎氏の母校発見!ここ出身だったんですね。 ( ̄ー ̄)

日本広しといえども、うちあげ小学校はここだけです。↓

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遊具で遊んで、うちあげ。遊んで、うちあげ。↓

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日も暮れかけてましたが、唐津城に寄りました。

改修中です。↓

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地形が独特なので、函館みたいな夜景が。 w(゚o゚)w

次は、明るいうちに来たいですね。↓

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帰宅は、2時30分。総走行距離約1250km、使用ガソリン113.5ℓ。

お疲れ様でした。

2010年5月 4日 (火)

歴史戦隊出動! 5月3日

年3回のうち、今年の2回目出動!

午前3時過ぎ徳島市出発。

レンタカー借りれなかったので、レガシーに5名乗車。

藍住付近走行中に、行先は北陸方面に決定!

そして、みなさんけっこうテンション高い。Σ(`0´*)

政治の話をしだすと、止まらない。6時頃、沈静化。

9時頃、石川県・小松城へ到着。小松空港への着陸機を見ながら、石垣鑑賞。

すぐ隣に高校があり、オムニ4面クレー2面の硬式テニス部を発見!練習を見学。

長時間いると怪しまれると思われるので、早々に退却。

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10時頃、次の目的地、一向一揆の村「鳥越村」に到着。

一向一揆発祥の地であり、終焉の地でもある。

「進めば極楽 退けば無間地獄」を合言葉に信長に徹底抗戦。 (#`Д´)/ 

宗教は、効能もあれば毒にもなる。

ま、一向一揆は、宗教戦争だけではないが・・・。宗教関係ない人もたくさんいるので。

信長のつくる社会に適応できない人の、抵抗戦といったところか。

全滅するまで戦うところが、すさまじい。

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手取り川沿いに下ると、次の目的地手取り川の古戦場跡に13時30分頃到着。

上杉謙信が、信長の軍団長柴田勝家を追撃した場所。

柴田勝家軍は、増水した手取り川に追い落とされて甚大な被害を出したと

言われてますが、ここまで下流へくると川幅はかなり広い。

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14時時50分頃、朝倉氏の本拠地一乗谷に到着。

ここには5回くらい来てますが、来るたびに発掘されて整備が進んでます。

観光地にしようと試みていたみたいなのですが、ついに今回、観光客の大群が!  !!(゚ロ゚屮)屮

何が面白いのか、すごい数です!男女問わず、若い人もたくさん来てました。

みなさん、朝倉氏知ってます?一乗谷は、日本史で習ったような・・・。

もしかして、勝瑞もいずれこうなるのでしょうか?

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日暮れまではまだ時間があるので、大野城へ。

17時頃到着。大野城は、金森長近築城。今は、復興天守がつくられてます。

石垣は、なかなか良し。金森長近の銅像が「ぬらりひょん」みたいなのも良し。

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1名福井駅で放逐後、帰路につく。米原から南が渋滞してそうだったので、

琵琶湖西岸のバイパスで京都東インターへ。

後で計算してみると、渋滞にそのまま突入した場合の所要時間とほぼ一緒の可能性が。

ま、気持ちよく走れたのでいいのでは。

桂川PAで、福井駅で放逐した1名から「今東京に着いた」とのメールが。

新幹線速っ!  (゚0゚)

上りの超渋滞を見て「田舎に住んでて良かった」と思いながら徳島へ到着。

1時ちょうど。

お疲れさん。  o(_ _)o

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