カテゴリー「歴史」の記事

2017年5月21日 (日)

今日の山城 5月21日

兵庫県 佐用町の利神城へ行ってきました。
但馬竹田城みたいな、絶景の石垣の城。
石垣がメタボライン(^^;
今にも崩れそうです。

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2017年5月 3日 (水)

歴史戦隊出動!5月3日

カメさんの弁当を持ち、4時出発。
波賀城、若桜鬼ヶ城、二上山城、
以上山城攻略。3城共、約標高350~450m。
全ていい景色。
日本海も見えました!

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あと、八頭で鹿ラーメンってのを食べました。
味付けがいいのか、鹿肉おいしい(^-^)

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村岡陣屋等、寄り道しつつ、楽しんでます。

今日の朝ご飯 5月3日

本日は、早朝4時から歴史戦隊が出動です!

カメさんからの救援物資は、おにぎり&おかずになっております(^o^)v

拙者の好物、玉子焼きが巨大サイズで詰められております(笑)

安全運転で行ってきます(^-^)/


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2016年1月 6日 (水)

歴史戦隊出動! 1月4日

4時出発で、愛媛県八幡浜方面へ向かう。

目的地は、飯之山城。標高321メートルの飯之山山頂。

奥の山です。

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8時過ぎに攻略開始。探したけど・・・登山道は見つからず。(T_T)

仕方ないというか、想定内だったので、最短ルートを直登だ!(-_-)/

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1時間あまりで尾根に出て、山頂を目指す。けっこう疲れたが、

ありました!堀切発見!廃神社発見!\(^O^)/

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さらに探索を続けると、大穴発見!これは、落ちたらやばいです。

30メートル以上の、マンガン採掘坑道跡らしいです。 (^_^;)

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急坂にびびりながら、なんとか迷わず無事に下山しまして、

次の城に向かいます。

高知の秘境、明神山山頂付近にある、名野川城です。

天気に恵まれてるので、大チャンス、一気にいきます!

・・・4時間ぐらい?で着いたけど、これはだめだ、強風と氷点下っぽい気温。

写真撮るだけで精一杯。 (>_<)

標高1541メートル、この城跡は、高すぎる!

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雄大な景色には、感動しました!来たかいがありました。

かなり天候がラッキーでしたね。 \(^o^)/

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それぞれが大物だったので、今回は2城だけです。

筋肉痛になりそうな予感・・・。

2015年8月13日 (木)

歴史戦隊出動! 8月13日

今回の出動は…まず、軽く神山へ。悲願寺からの帰り、下分ルートが、けっこう手強い。 1439444423089.jpg 木沢のレッドデータリスト狸の燭台は、発見できず(T_T) 木頭村から、物部村、塩の道経由で安芸市へ。 1439444425134.jpg 1439444428226.jpg 1439444430204.jpg 1439444432670.jpg

2015年5月 4日 (月)

歴史戦隊出動! 5月4日

山中鹿之助銅像前。我に七難八苦を与えたまえと、月に祈った人です。でかいです! 1430699151016.jpg

2012年8月15日 (水)

今年のお盆 後編 歴史戦隊出動! 8月14日

今年のお盆も、打ち上げ後寝る間なく出動でしたね。

さて、車中どこに行こうかとなりまして、

今回はメンバーの宮○氏を、

途中で東京方面へ放流しなくてもいいという事(一度徳島へ帰る)なので、

まぁ西だろう・・・、と。

瀬戸大橋渡って、西へ西へ。

与島サービスで、カメさんの弁当をいただきつつ雑談中、

そういえば拙者、屋代島(周防大島)へは行ったことが無いとアピール。

みんな行ったことが無いので、即決定!

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屋代島は、瀬戸内では淡路島、小豆島に次ぐ大きさの島で、

何があるって、陸奥記念館ぐらいしか知りませんが、

釣りの世界では有名らしい。

山口県側から橋を渡って突入すると、なぜか島内はハワイ色。

道の駅では、アロハを売ってました。

なんでも、多くのハワイ移民を輩出して、姉妹縁組もしてるみたい。

海岸線を走っていると、進むにつれて廃屋が目についてきます。

日本一の高齢化地域らしく、新築は建ってない感じ。

島の東端に到着すると、陸奥記念館・水族館・オートキャンプ場等で

かなりの賑わい。テントで寝るのは好きですが、

夏のキャンプはエアコン付きのテントじゃないと嫌。

さて、本命の陸奥記念館は、こんな感じ。

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当時世界のビッグセブンと呼ばれた、長門・陸奥。

ちなみに、あと3隻はアメリカ・コロラド級、2隻はイギリス・ネルソン級。

巨大戦艦って、どんだけ建造費かかったんでしょうねぇ。

そして、1121名と共に沈む・・・。

しかも、原因不明。 (u_u。)

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水深40mぐらいなので、ダイバーにより調査・引き上げが可能でした。

船尾での爆発だったようです。

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引き揚げられた遺品がたくさん展示されてました。

船体の一部も、引き揚げられてます。

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帰り道に見つけた、村上武吉のお墓。

戦国期、日本一有名な海賊・・・九鬼嘉隆といい勝負?

毛利側の負け組なので、最後はひっそりと眠ってます。

九鬼氏は、大名として綾部・三田で幕末まで存続。

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海賊としては、武吉のほうが好きですね。

海賊稼業も、環境に左右されます。

日本が統一されてしまえば、海賊は生きていけません。

戦国時代、瀬戸内で一番自由に海を楽しんでた海賊王なのかもしれません。

そしてその水軍戦法は、秋山真之が日本海海戦で参考にしたとも言われてます。

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帰りに寄った、桜尾城。

厳島合戦のおり、毛利元就の謀略の舞台となりました。

城主・桂元澄の子孫、総理大臣・桂太郎により買い上げられ、

公園として整備されてます。城跡なのに、公園化しすぎの感あり。

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最後は、今治城。5、6回以上?も来てるのに、昼間に来たことが無い・・・。

いつも、本丸は閉まっております。

ま、夜には夜の趣があります。ライトアップされてますしね。

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築城した藤堂高虎の像。馬が嫌がっているように見えるのは、拙者だけ?

世渡り上手のイメージがありますが、主君に恵まれなかったのも確か。

主家が滅亡したり、主君が病死したり早世したりで浪人することが多い。

忠誠心もあって実力は抜群。築城の名手ですごい武将です。

しかし、あまりにも徳川家への忠誠アピールの逸話が多く、

家康の臨終間際に同じ宗派に改宗したりして「べったり」なのが、

イメージの悪い理由か・・・。

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ちょっと不気味っぽい写真を撮って、今回の遠征は終了。

お疲れ様でした。

めちゃ眠い・・・。 (-.-)zZ

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2012年5月 5日 (土)

歴史戦隊出動! 5月4日

恒例の歴史戦隊、いつもの5名で出動です!

車はちょっと狭いが、遠征は楽しい。

さて、東京在住のみや○と氏を途中で放流?するため、

東がいいじゃろう、ということで今回も東海道へ。大人な選択。

正月は岡崎周辺でしたので、今回は奥三河へ。

徳川氏の研究が進みます。

4時出発のため、GWにもかかわらずあまり渋滞してませんでしたが、

第2名神の入り口で捕まりました。

しゃ~ないなあ・・・。カメさんが持たせてくれたおにぎりと、煮玉子でちょっと休憩。

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予定より遅れて、昼頃に設楽原歴史資料館へ到着。

すごい数の、火縄銃が展示されてます。

戦国の頃の火縄銃から、明治の村田銃まで、銃の進化の歴史。

たくさんの展示で、長篠城の籠城戦と、設楽原での決戦の全体像もわかります。

小学生のころから、織田と武田なら武田贔屓なので、

いまだに勝頼の突撃敢行の意図を考えてます。

無理をせざるをえない理由・・・。なぜなんでしょうねぇ。

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ちょっと意外だったのは、花火発祥の地が三河だったこと。

両国花火の「玉屋」「鍵屋」も三河出身。

現在でも、手筒花火で伝統を受け継ぎます。

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設楽原近辺には、武田の著名な名将のお墓がいっぱい。

・・・武田軍は、やはりかなりの大敗ですな。

武田四天王の1人、山形昌景のお墓を発見。

山形隊は、兄から継いだ戦国元祖赤備え。異様に強い、真っ赤な軍団です。

真田信繁(幸村)、井伊直正の赤備えは、彼の死後その強さにあやかってのものです。

三方ヶ原の戦いで家康の本陣に突撃し、脱糞するまで追いまわしたのは有名。

織田・徳川軍の、要注意人物手配書筆頭。

これだけ強くても、身長は130cmから140cmの小柄で、体重も軽く、

不器量だったと言われてます。

校合雑記によれば・・・。

「袴腰と頭との間、僅か四、五寸ならでは無き程の小男にて、

不器量なれども渠を備え、立てば耳の際に雷が落ちたる如くなり。

信玄家臣の中でも股肱の大将かな。

戦にては信玄の小男出たりと恐怖しける程の侍大将に有りける也」

だそうです。戦には、身長も顔も関係ないんですね。

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次は、武田四天王の1人、内藤昌豊のお墓。

他の3人に比べると、ちょっとマイナーな内藤さん。

しかし、箕輪城城代やってる事からも、すごい名将です。

武田の対北条氏外交では、全権委任武田代表。

戦場でめちゃ活躍しても、

「内藤さんだから、そのくらいの活躍当然ですよね~。」

って言われて、生涯1枚も感状をもらえなかったらしい。

信玄にめちゃ信頼されてるということで、かえって凄い!?

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さらに四天王の1人、馬場信春のお墓を発見。

この人も、尋常ではありません。

武田氏3代に仕えた40数年の間、70回を越える戦闘に参加して、

戦死する設楽原の戦いまで、かすり傷一つ負わなかったらしい。

強すぎて、不死身の鬼美濃と評されてます。

このお墓が戦場から離れているのは、

大敗を喫した勝頼が退却するのを見届けてから、

殿軍の彼が反転、追撃する織田軍と戦って戦死したからです。

信長公記に「馬場美濃守手前の働き、比類なし」とされる最期でした。享年61歳。

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他にも、甘利信康、原昌胤、土屋昌次等々、たくさんのお墓がありました。

お墓探索中、自然と長篠城に到着。久しぶりに来ましたが、

ますます整備されてます。歴史上めちゃ有名な城ですが、

実際は500人が籠っていっぱいの、小さな城です。

地理的に要衝の地。そして、天然の要害。

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ほんとに小さい城なので、ぐるっとまわって史跡保存館を見て終了。

残念ながら、イベントは明日。本丸で準備が進んでました。

火縄銃隊の演武を観たかったなぁ。

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たまたま見つけた、中央構造線の露頭。

徳島にもありましたね。

徳島では、吉野川北岸を走ってます。

普段は意識してませんが、断層の上に住んでるんですよね~。

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色の違う岩が、はっきりとわかります。

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気候もよいので、山城を1つ攻略。

奥三河山家三方衆、田峯菅沼氏の田峯城。

山城ですが、車で登れてめちゃ楽。ちょっと散歩程度で見学できます。

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本丸の建物は平成6年に建てられたもので、

戦国時代に建てられた城をそのまま復元したものではなく、

当時の武家屋敷をしのばせる書院造りの様式で復元されてます。

屋根の事しかわかりませんが、予算かかってますねぇ。

銅板葺きです。凝った棟といい、本式ですごすぎる。

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物見台も復元されてました。

この他大手門搦手門等、がんばって整備されてます。

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新緑の中、散歩がてらの城攻めはいいですね。

誰もいないのが、またいい。

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曲輪が、立派な茶畑になってます。

茶畑は、違和感が少ない。ま、いいんじゃないですか。

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今回の遠征、ラストは吉田城。

吉田城は池田輝政が、姫路城へ移る前に整備した城。

大規模な城を未完成のまま残して輝政が行ってしまったのですが、

その後入った大名の石高が小さすぎて、持て余し気味。

櫓は9基もありますが、天守は無し。

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本丸の北西隅の復興鉄櫓。小さい城だと、天守になれそう。

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城の北側、長篠城から下る豊川。

長篠城は南と西、吉田城は北を豊川に守られてます。

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日暮れまで、城跡からの景色を堪能。

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この後、味噌カツ系のご飯を食べて、みや○と氏を豊橋の駅で放流。

これで楽しい遠征は終了。帰徳は、1時頃でした。

みなさま、お疲れ様でした。

2012年1月 3日 (火)

歴史戦隊出動! 1月2日

今年も、なんとか出動できました。

楽しい歴史探索の旅。

特に目的地は決めてませんが、一路東へ・・・。

滋賀県で雨に降られたので、雨の降ってない所までということで、

三河岡崎まで進出。

岡崎は、かなり久しぶりです。憶えてないぐらい。 ^^;

堀と石垣は、綺麗に整備されてます。さすが家康の生地。

岡崎城(龍燈山城)は、もとは西郷氏の城だったのですが、

家康のじっちゃんがえらく強い人で、ちゃっと奪い取ったらしい。

その後、家康のとうちゃんが本拠地にしたのですが、

菅生川と矢作川の合流地点の丘陵上にあるという防御的な面と、

水運の要所でこの地域の経済の中心ということが、本拠とした理由とのこと。

城内の家康館(資料館)で、みっちり勉強しました。 (`・∞・´)

味わい深い、堀と石垣・・・いい。 (・∀・)

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苔むした石垣・・・いい。 (´~`)

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落ち葉の積もる空掘りも・・・いい。 ( ̄ー ̄)

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家康が祭神の龍城神社と、復興天守(1959年)。

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有名な家康像。鷹狩り中の像でしたっけ?

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遺訓

人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし、急ぐべからず、

不自由を常とおもえば不足なし、心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。

堪忍は無事長久の基。怒りは敵と思え。

勝つ事ばかり知りて負くる事を知らざれば、害その身にいたる。

おのれを責めて、人を責めるな。

及ばざるは、過ぎたるより勝れり。

・・・う~ん、すごいです、さすが天下人。人間できております。

拙者も、もっと修行を積まねば。

次は三河最大規模の山城、山中城。

家康のじっちゃんが、奇襲によって一夜で落とした城です。

けっこうでかい城だと思うんですが、じっちゃんやりますな。

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遠景ですが、半分ぐらいしか写ってません。

城の規模が大きくても、守る兵の数がいないとだめってことですね。

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次は、安祥城。徳川本家の本拠地。じっちゃんの城です。

最古参の譜代発祥の地でもあって、

酒井、大久保、本多、石川等、聞いたことのある有名所が、名を連ねます。

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現在は、遺構はほとんど残っていません。

本丸跡には、大乗寺が建ってます。

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次々行きます、桜井城。

豪族小浦氏の城でしたが、1470年頃には松平氏の支配下に入ってます。

安祥城から、めちゃ近いですもんね。

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冠木門が復元されてました。

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城じゃないけど、立ち寄ってみました。

本證寺は、三河一向一揆の拠点だったお寺です。

土塁、水濠に囲まれた城郭寺院だったと思われます。

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城郭っぽい感じで保存状態がよく、なかなかよいお寺です。

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飾り気がなく、シンプル。こういうお寺、好きですね。

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日も暮れてきて、最後の城攻め。

軽く考えてましたが、けっこう大物だった西尾城。

復元ポイントも多く、資料館も閉まってるので、こりゃ無理です。

細部の城攻めは、また次回ということで。

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丑寅櫓、登れるのかな?

再建ですが、趣がありますねぇ。

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三河遠征、収穫あり。

小さな城でも、整備して保存されてるのがすごい。

余裕の経済力、愛知県。さすがです。

徳島はだめやねぇ。 (u_u。)

○亜の裏山の西方城は、整備されていますが。 ^^;

勝瑞城に期待。

2011年8月15日 (月)

歴史戦隊出動! 8月14日

打ち上げ宴会の後、寝る間もなく出動!

今回み○もと氏は参加できず、4人です。

とりあえず、西へ西へ・・・。

カメさんの持たせてくれた補給物資を頂きつつ、山陽道を西へ。

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ちょうどいい時間帯になったので、高速を下りて防府市の「毛利博物館」へ。

25000坪の庭園に、1200坪の豪邸。さすがは維新の主役、公爵毛利家です。

ここまで豪邸だと、エアコン無しでも涼しい。

そして庭がすごい!めちゃ趣があります。和風の極み。

こんな家に住みたいですねぇ。掃除のお手伝いさん付きで。 (^-^;

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博物館ではたまたま時間が良かったのか、学芸員さんの説明つきでした。

小一時間、「殿さまのくらし」講座。

殿さまって、案外毎日大変ってことらしいです。 

さらに、毛利家について勉強勉強。 ( ..)φ

昼近くまでがんばった後、次は天然の涼を求めて秋吉台へ。

想像はしてましたが、すごい人出。 (@Д@;

しかし、なぜか博物館はすいてました。

入館すると、おっきな標本がいきなりお出迎え。 !!(゚ロ゚屮)屮

おお!あの映画「も○○け姫」のヤックルか!?

すごいですねぇ。大きいですねぇ。手前の標本は、現在の鹿です。

こんなに大きい鹿なら、確かに乗れそう。 ( ̄▽ ̄)

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秋芳洞は入口が3か所ありましたが、

車を止めれた場所から一番近いエレベーターにて突入!

なんじゃこの大量の人は!? (lll゚Д゚)

正確にはわかりませんが、約1キロメートルの洞内には2000人ぐらいは入ってそう。

2時間で見終わって出てくるとして、今がピークとして・・・

のべ15000人ぐらい?1200円の入場料なんで、ああ、子供もいるか。

う~ん、1日1500万円の売り上げ?鍾乳洞ってすごい! (゚▽゚*)

とか考えつつ、17度の洞内をしわしわと行進。

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さすが日本一です。広いですねぇ。一番きれいと思ったのは、「百枚皿」。

何万年という時間に思いをはせると、

毎日時間に追われてる自分がちっちゃくて嫌になります。

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今日は、ゆっくりと時間をかけてポイントを回ったので、萩でラストです。

萩資料館で、長州藩のお勉強。

萩博物館で、長州の偉人のお勉強。・・・すごい人材の数々。 (゚0゚)

この人数はすごい!維新の主役ってことは、日本の近代化の主役ってことやね。

う~ん、教育の違いなのか、阿波藩なんてダメですねぇ。人数が違います。

当時人口は大差ないのに。

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日暮れ前に、萩城攻略。まず、遠景から。海に突き出た半島を城にしてます。

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珍しい、内側が階段状(雁木)の石垣。きれいに残ってます。

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暑いですが、詰めの城を登ります。標高約150メートル。

20分ぐらいですが、勾配がきつい。 ι(´Д`υ)

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山の上にも、石垣をたくさん積んでました。さすが毛利家です。

小さくても、丁寧なつくりの印象。輝元の性格?

詰めの城まで、きっちり仕事してます。

加工途中の石(切り割石・残念石)がたくさんありました。

こんなにあるのは、珍しいかも。

いつの時代に改築しようとしてたのかは、わかりません。

手つかずの原生林なので、見晴らしは×。手は加えない方針だそうです。

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萩城は、思ってたより重要ポイントが多いです。

時間がなくて、まわりきれなかった。無念・・・。

特に、二の丸を見逃したのは痛い。 (ノ_-。)

これでは萩城を攻略したとは言えないので、

近いうちの再攻が必要ということで。 (=^・^=)

帰徳は2時くらい、22時間の行軍でした。

運転手さん、お疲れ様でした。 m(_ _)m

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