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2012年5月 5日 (土)

歴史戦隊出動! 5月4日

恒例の歴史戦隊、いつもの5名で出動です!

車はちょっと狭いが、遠征は楽しい。

さて、東京在住のみや○と氏を途中で放流?するため、

東がいいじゃろう、ということで今回も東海道へ。大人な選択。

正月は岡崎周辺でしたので、今回は奥三河へ。

徳川氏の研究が進みます。

4時出発のため、GWにもかかわらずあまり渋滞してませんでしたが、

第2名神の入り口で捕まりました。

しゃ~ないなあ・・・。カメさんが持たせてくれたおにぎりと、煮玉子でちょっと休憩。

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予定より遅れて、昼頃に設楽原歴史資料館へ到着。

すごい数の、火縄銃が展示されてます。

戦国の頃の火縄銃から、明治の村田銃まで、銃の進化の歴史。

たくさんの展示で、長篠城の籠城戦と、設楽原での決戦の全体像もわかります。

小学生のころから、織田と武田なら武田贔屓なので、

いまだに勝頼の突撃敢行の意図を考えてます。

無理をせざるをえない理由・・・。なぜなんでしょうねぇ。

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ちょっと意外だったのは、花火発祥の地が三河だったこと。

両国花火の「玉屋」「鍵屋」も三河出身。

現在でも、手筒花火で伝統を受け継ぎます。

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設楽原近辺には、武田の著名な名将のお墓がいっぱい。

・・・武田軍は、やはりかなりの大敗ですな。

武田四天王の1人、山形昌景のお墓を発見。

山形隊は、兄から継いだ戦国元祖赤備え。異様に強い、真っ赤な軍団です。

真田信繁(幸村)、井伊直正の赤備えは、彼の死後その強さにあやかってのものです。

三方ヶ原の戦いで家康の本陣に突撃し、脱糞するまで追いまわしたのは有名。

織田・徳川軍の、要注意人物手配書筆頭。

これだけ強くても、身長は130cmから140cmの小柄で、体重も軽く、

不器量だったと言われてます。

校合雑記によれば・・・。

「袴腰と頭との間、僅か四、五寸ならでは無き程の小男にて、

不器量なれども渠を備え、立てば耳の際に雷が落ちたる如くなり。

信玄家臣の中でも股肱の大将かな。

戦にては信玄の小男出たりと恐怖しける程の侍大将に有りける也」

だそうです。戦には、身長も顔も関係ないんですね。

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次は、武田四天王の1人、内藤昌豊のお墓。

他の3人に比べると、ちょっとマイナーな内藤さん。

しかし、箕輪城城代やってる事からも、すごい名将です。

武田の対北条氏外交では、全権委任武田代表。

戦場でめちゃ活躍しても、

「内藤さんだから、そのくらいの活躍当然ですよね~。」

って言われて、生涯1枚も感状をもらえなかったらしい。

信玄にめちゃ信頼されてるということで、かえって凄い!?

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さらに四天王の1人、馬場信春のお墓を発見。

この人も、尋常ではありません。

武田氏3代に仕えた40数年の間、70回を越える戦闘に参加して、

戦死する設楽原の戦いまで、かすり傷一つ負わなかったらしい。

強すぎて、不死身の鬼美濃と評されてます。

このお墓が戦場から離れているのは、

大敗を喫した勝頼が退却するのを見届けてから、

殿軍の彼が反転、追撃する織田軍と戦って戦死したからです。

信長公記に「馬場美濃守手前の働き、比類なし」とされる最期でした。享年61歳。

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他にも、甘利信康、原昌胤、土屋昌次等々、たくさんのお墓がありました。

お墓探索中、自然と長篠城に到着。久しぶりに来ましたが、

ますます整備されてます。歴史上めちゃ有名な城ですが、

実際は500人が籠っていっぱいの、小さな城です。

地理的に要衝の地。そして、天然の要害。

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ほんとに小さい城なので、ぐるっとまわって史跡保存館を見て終了。

残念ながら、イベントは明日。本丸で準備が進んでました。

火縄銃隊の演武を観たかったなぁ。

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たまたま見つけた、中央構造線の露頭。

徳島にもありましたね。

徳島では、吉野川北岸を走ってます。

普段は意識してませんが、断層の上に住んでるんですよね~。

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色の違う岩が、はっきりとわかります。

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気候もよいので、山城を1つ攻略。

奥三河山家三方衆、田峯菅沼氏の田峯城。

山城ですが、車で登れてめちゃ楽。ちょっと散歩程度で見学できます。

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本丸の建物は平成6年に建てられたもので、

戦国時代に建てられた城をそのまま復元したものではなく、

当時の武家屋敷をしのばせる書院造りの様式で復元されてます。

屋根の事しかわかりませんが、予算かかってますねぇ。

銅板葺きです。凝った棟といい、本式ですごすぎる。

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物見台も復元されてました。

この他大手門搦手門等、がんばって整備されてます。

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新緑の中、散歩がてらの城攻めはいいですね。

誰もいないのが、またいい。

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曲輪が、立派な茶畑になってます。

茶畑は、違和感が少ない。ま、いいんじゃないですか。

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今回の遠征、ラストは吉田城。

吉田城は池田輝政が、姫路城へ移る前に整備した城。

大規模な城を未完成のまま残して輝政が行ってしまったのですが、

その後入った大名の石高が小さすぎて、持て余し気味。

櫓は9基もありますが、天守は無し。

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本丸の北西隅の復興鉄櫓。小さい城だと、天守になれそう。

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城の北側、長篠城から下る豊川。

長篠城は南と西、吉田城は北を豊川に守られてます。

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日暮れまで、城跡からの景色を堪能。

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この後、味噌カツ系のご飯を食べて、みや○と氏を豊橋の駅で放流。

これで楽しい遠征は終了。帰徳は、1時頃でした。

みなさま、お疲れ様でした。

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